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18番のセカンドに見た夢

 ゴルフ場を運営する太平洋クラブが1月23日、東京地裁に民事再生法を申請した。同社はあのビッグトーナメント、「三井住友VISA太平洋マスターズ」を開催する御殿場コースを運営していたことでも有名である。(2010年4月には会社分割でグループ会社の太平洋アリエスに事業移管)

 帝国データバンクによると、1992年3月には年商約125億円を計上し、同年にはアメリカの名門ゴルフ場を運営するぺブルビーチ社を買収。しかし、その後は法人客が減り、客単価も下落して、負債1260億円にまでになっていたという。

 プロゴルフトーナメントの「太平洋マスターズ」には大学時代、2年間だけアルバイトのキャディとしてバッグをかついだことがある。近くの宿舎に泊まり、朝の4時ぐらいに起き、コースに入り選手を待つ。プロがクラブハウスから出てくるまで、クラブを磨きながら外で待機。寒くてこごえそうだったが、クラブを覗きにくるギャラリーに、睨みをきかせて追い払っていたりしていた。

 それから、練習場に行き、練習グリーンに行き、ギャラリーを掻き分けてスターティングホールに誘導する。まるで自分がプロにでもなったような気分だった。

 当時、ピンを抜くのは、最初に乗った選手のキャディという暗黙のルールがある。ピンを差して戻すのは最後に打つ選手のキャディだ。私はピンを抜いて、選手の視界に入らないところにそーっと置いた。その時、同伴競技者であった別のプロに「バカヤロー、そこは明日のピンポジだろ!」と大声でどやされた。

 「はっ、はい」。ホールが進み、ティーグランドでプロの打球を見ていたら、「いま、お前、何した」とまた怒られた。「なにも・・・していません」、「お前はバカか!」。

 キャディバッグを手で持って支えていなかったことを指摘された。自分のプロがインパクトする前に故意にキャディバッグを倒すギャラリーがいるから、と注意されたのだ。肩に食い込むほど重たいバッグがなおさら、重くなり、とっても歩くのが早い選手たちの足取りについていけなくなる。

 そのプロのことは、その日から大嫌いになったのだが、いま思えば、私の付いたプロのことを気遣っていたのだと気付く。フェアな凄い人である。

 昨年のトーナメントで、18番のセカンド、177ヤードを8番で打ち、イーグルをとって優勝したアマチュア、松山英樹選手をテレビで見て、鳥肌がたった。打った瞬間にボールがどこに落ちるのかが分かっていた。距離の問題ではなく、そうした感性が働く日はあるが、あの場面で彼はできた。そして優勝した。あの時の私と同じ年なのに。

 私の夢はいつ、消えて無くなったのかさえも忘れてしまった。あのコースの1番から18番までの全てを覚えているのに。

 

 

社長 丸島基和

(2012/1/27)

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