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第8回 「村上春樹『沈黙』をめぐる冒険」

 この原稿を執筆している今は今年度のノーベル文学賞の受賞者が発表される前夜です。日本現代文学界の至宝、村上春樹氏が最有力ではあるようです。詩人にして最も信用できる文芸批評家の1人、荒川洋治氏に「最も才能のある小説家」と言わしめる村上氏に栄冠はもたらされるのでしょうか? されてほしい、いやされないと困ってしまうんです。見切り発車で祝福特需を見込んでの手配を済ませた全国の書店員の切なる願いがノルウェイ(!)に届いてほしいものです。


 「沈黙」というブックレットがあります。全国学校図書館協議会が刊行したものです。その名が示すように学校で教材として使用する目的で発行されています。ですが書店でも取り扱うことは可能な本です。その著者が村上春樹氏です。ハルキストを自認するファンの方でもこの本の存在は知らなかったりするようです。かく言う自分もまずまずのハルキストのつもりではありましたが、この本の存在を知ったのは2週間ほど前でした。とあるPR誌の記事で紹介されているのを発見し、まず価格に仰天しました。
 「193円」
 安い!この単価ではたいしたビジネス的なチャンスではないかもしれませんが、少なくとも吉祥寺ではどこもこの本を在庫していないようなので、ちょっとした独占販売ができるのではないかと目論み、早々に5冊注文を出しました。

 個人的にも興味があったので入荷を心待ちにしていたのですが、一向に入る気配がありません。おやや? とおもいデータを調べてみると、自分が公休の日に入って、その日の内に返品されちゃってる!アゴが外れそうなほど驚愕し、憤慨し、落胆しました。再注文を出し、荷開けに関わるスタッフにくれぐれも返品しないでほしい旨を伝え、今度は少しナーバスに心待ち態勢に入りました。無事にその5冊は手元に届き胸をなでおろしていたその刹那に、不意に最初に返品されてしまっていた分の5冊が取次店から戻ってきているのを目の当たりにしました。なんと!買切の商品だったんですね!返品を許されない商品が10冊になり、大きなプレッシャーを感じました。
 とにかく売らなくてはいけない。春樹作品をまとめているコーナーの一等地と一週間ごとの売上げランク上位品の棚に陳列しました。講談社文庫の「アフターダーク」が新潮文庫「夜のピクニック」に一歩及ばず2位に据えれれているその脇にさりげなく添えました。


 余談ですが、当店の文庫の売上げランキングコーナーは自分で言いますけどかなり凝っています。一順位で文庫サイズを面陳列で3冊と半分くらい置けるスペースをとっていて、関連作を全ての上位品に添えられるようにしております。最近ですと文春文庫、桐野夏生氏の「グロテスク」に新潮文庫「東電OL殺人事件」「東電OLシンドローム」を添えたり、角川文庫、宮部みゆき氏の「ブレイブストーリー」に「ドリームバスター」のコミック版が掲載されている新創刊「COMICリュウ」を添えたりいたしました。このあたりはまだ意味合いが伝わりやすいほうで、ひねりすぎてさっぱり関連がみえてこないようなもの、こじつけとしかいいようのない副読本が登場したりする神出鬼没な棚になってます。


 話を「沈黙」にもどします。背水の陣で売る決意を固め、店頭に地味に設置した簡易ホワイトボードに
 「10月12日はいよいよノーベル文学賞の発表です。川端康成、大江健三郎、そしてハルキ・ムラカミ! 夜明けにはまだ時間がありますので『アフターダーク』未読の方は是非。ハルキスト注目! 埋もれた名作『沈黙』入荷しました。価格は193円。破格!!」
 と記しましたところ、あれよあれよとレジに「沈黙」がやってきて、10冊あっさり売りきってしまいました。感激した勢いで15冊追加注文を出しました。
 売上げは「雄弁」であってほしいですね。
 (「沈黙」内容も素晴らしかったです。これで勉強できる学生さんは果報者だとおもいます)

(2006/10/13)

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