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第36回 ゆりかごから墓場まで
  〜生涯読書を美しく応援するパルコブックセンター調布店(5)
(前回よりつづく)
 
 
3. まとめ――「ゆりかごから墓場まで」の読書を心から応援する
 
(1) 改装について
 
開放感を演出して改装を成功に導く
 
 パルコブックセンター調布店は、2017年6月16日、改装オープンを果たした。規模はほぼ変わらず160坪。事務所スペースを2〜3坪増やしただけにもかかわらず、1年平均で売上を約20%!伸ばした。むろん大成功といっていい。
 
◎改装の経緯
 
 ではその改装は、どういう経緯で実現したのか。改装は競合店出店の前、今井智香子店長が提案しようと考えていた矢先、本部から話があったという。すぐ近くにライバル店が登場する事態を踏まえ、店と本部が同じ危機感を持ち、的確な対応をおこなったことになる。小売店において業績を回復しようと思えば、店と本部の真の意味でのタッグは不可欠といえよう。
 
◎改装のポイント
 
 調布店における改装の最大ポイントは、店舗そのものを広く見せることだった。そのため什器も床もホワイトで統一した。つまり同店は、開放感をつくることを企図したのである。ただし表側に配した児童書売場は、フロアのエスカレータが近いため、お子さまの安全を考慮、直接の入口を中止したとのこと。
 大胆であっても、お客さまの視点に立ち、きめ細やかな配慮がなされていた。聞けば「ああ、そうなのか」となるが、現実問題、こうはなかなかいかないように思う。
 
◎ジャンル構成の変更
 
 増やしたジャンルは児童書、学参、実用であったが、競合店出店後に文庫、新書、人文も拡大した。逆に減らしたジャンルはコミックである。改装に当たり専門書ジャンルの棚づくりは、きれいに取りやすく、を心がけたという。
 
◎改装成功の要因
 
 では同店の改装は、なぜそれほどまでに成功できたのか。ここが最大の関心事になる。「成功の要因はなんだったのでしょう」。今井店長にそう訊ねると、答える声は力強かった。

 スタッフの力につきます。改装を機に、力量ある人材を他の店からのスカウトを本部に要請しました。児童書は吉祥寺店、コミックは渋谷店、専門書は東戸塚店というように、それぞれの店から呼んだのです。

 今井店長は、人材をスカウト≠キるだけでなく、みずから養成することも重視している。それまで氏は、権限移譲をしたうえで、陳列が崩れたり、売場に活気がなかったり、立体感が感じられなかったりとか、「ここぞ」というときだけ、指導をおこなってきた。一人ひとりの足りない部分を、辛抱強くアドバイスしてきたのだ。そのことが、いざ鎌倉≠ニいう改装時に実ったといえる。その結果、いまや「店舗スタッフの全員が力をつけ、戦力になっています」(今井店長)。
 
 
 今井氏は「人力が最も大事」と断言した。小売業は労働集約型産業である。書店が小売店である限り、そのことはまぎれもない事実ではなかろうか。
 改装に当たり、店に人材が存在するにもかかわらず、店長やスタッフの意見をあまり聞かず、経営サイドだけで突っ走ってしまう話をよく耳にする。そういうケースで売上を目いっぱい上げるのは容易でない。なぜなら、それでは、売上アップに最も大事なモチベーションが上がらないからである。
 
 
(2) ゆりかごから墓場まで
 
 同店のお客さまは、高水準の売場づくりをつづける婦人実用書と児童書、ふたつのジャンルを足場にして、他のジャンルにも触手を広げているものと考えられる。
  とはいえ、優れているのは2ジャンルだけではない。雑誌や文芸書、学参書、芸術書、コミックなど、あげればきりがない。ただ婦人実用書と児童書のふたつに限っても、これだけの充実感があるのなら、このお店のお客さまは、なんと幸せなのかとも思えてくる。
  お客さまは、優れた書店員の眼で、豊富に品揃えされた本を読みこなすことで、充実した生活と仕事、人生をおくれるのではないか。この点は、コロナ前もコロナ後も変わらない。その意味で、同店はこの店に集うお客さまにとり、生涯読書のメッカ≠ニなるに違いない。
  このことを今井店長は、お客さまの「ゆりかごから墓場まで」の読書を、お店が応援するのだと考えている。
 
 同店のコンセプトは「良質な生活と趣味の時間をサポートする大人のための楽しい書店」。婦人実用書や児童書をはじめ、すべての売場を貫く魂のコンセプトである。
  そのコンセプトを具体化してお客さまに貢献する精神が「ゆりかごから墓場まで」となる。「ゆりかごから墓場まで」とは、もとより第二次世界大戦後のイギリスにおいて、社会保障の合言葉になったもの。一生を通じ社会保障がおこなわれることが転じ、現在は、生まれてから死ぬまでの一生を表現するようになっている。
 今井店長に、「この考え方を、いつから意識するようになったのですか」と質問したところ、以下の答が返ってきた。

 このことはジャンルの担当になったときから意識してきました。責任をもって、仕入れから返品までに向き合うことは、ゆりかごから墓場までの人生に対応すると考えています。

 今井店長が、ひるまずたじろがず腹決めしてつくったこの合言葉には、人の一生にわたる読書活動をサポートしていくという決意と覚悟が読み取れる。
 今井氏によれば書店とは、たとえば婦人実用書と児童書、この2ジャンルだけみても、出産、赤ちゃん絵本、育児、読み聞かせ絵本から、終活、エンディングノート、生と死の絵本などまで、生涯にわたる読書を担う業種である。いわれてみれば……確かに。私たちは、書店の仕事をつづけながらも、忙しさにかこつけ、その意味を忘れていないだろうか。スポッと忘れていた私は、今回の訪問を機に思い出した次第である。
 
 婦人実用書の担当者、新垣知子氏は「棚や売場を動かすのが好き」と語った。お客さまのニーズの変化は、棚や平台の動きに現れる。その商品の売行きを追うことで、変化はキャッチできる。
 仕事がどれほど忙しくとも、このような思いを持てることが、誰にとっても書店で働く原点のひとつになろう。児童書担当の柏井鈴菜氏や同店で働く他のスタッフも、その思いは同じにちがいない。こういうことの積み重ねの結果、各ジャンルの担当者の息吹きが伝わる売場になっていくのである。
 店頭現場はお客さまとのインターフェイスである。その現場に立つ書店員が、現場を愛することができるよう、店舗リーダーも本部も環境づくりをしているといえる。それでこそ、一生にわたるお客さまの読書応援ができるというものではないだろうか。
 
 今井店長はあえて使わなかったが、生涯顧客という表現を思い出す。新型コロナの影響で、街の店ではお客さまが少なくなりつつある。それでも書店を訪れる読者が、まったくいなくなるということはない。あえて書店にやってくるお客さまのためにも、まさにいま書店は、生涯読書を応援する気概を持ちたい。
 生涯読書と、おのずとそれを実践する生涯読者を美しくサポートする、それこそパルコブックセンター調布店にほかならない。
 
 
(3) 調布店の新型コロナ対策
 
 パルコブックセンター調布店は2020年春、新型コロナ非常事態宣言を受け、館の要請により4月4日から5月末まで休業した。その間は、店長の今井氏と婦人実用担当の新垣氏が1日おきに出勤、商品や客注の対応を行った。
 営業再開は6月1日。以降、売上げを順調に伸ばす。伸ばした書店は少なくないものの、各ジャンルの数値を見ると、驚かずにはいられない。同店は6月の1カ月で、児童書231%、語学・辞典143%、学参122%などという結果をたたき出したのである。
 
 このことは、調布市の産業振興課が取り組んだ「調布っ子応援プロジェクト商品券」というコロナ対策を活用した成果でもあった。これは「新型コロナウイルス感染症に伴う子育て世帯への影響を考え、調布市が独自の事業で配布された商品券」(号外NET 調布市・狛江市)で、利用対象はふたつある。「市内飲食店等で調理・提供されるテイクアウト商品」と「市内書店で販売される学習ドリルや書籍・文房具」であった。今井店長はこの2番目を見逃さなかった。この活用分の売上は、6月だけで、驚くなかれ1000万円に達したという。
 
 また、レジ横に「新型コロナ対策コーナー」を設け、キッズマスク、クールマスク、夏マスク、調布手拭いマスクなどのマスク類、マスクにひと吹きすることでマスク生活を快適にしようとする北見ハッカ油に加え、寺嶋毅・西脇俊二監修『世界一わかりやすい 新型コロナウイルス徹底防御BOOK 最新版』(宝島社)、同『世界一わかりやすい 新型コロナウイルス完全対策BOOK』(同)、『増補改訂版 かんたんかわいい! 手作りマスク』(ブティック社)、手づくり布マスク編集室編『はじめてでもカンタン! 手づくり布マスク』(理論社)、などの雑誌やムック、書籍も並列した。
 このうち、調布手拭いマスクは好評を博し、ひとつ税込み770円のものを、1カ月で20万円分売りまくった。
 
 このような結果を考えると、日ごろの地道な売場活動が、逆境において力を発揮したととらえるほうが妥当と思われる。
 なお、従業員対策として、検温、除菌用ハンドソープの使用、ビニール手袋の利用などを実施したことも付け加えておきたい。
 
 
(4) 「ゆりかごから墓場まで」の読書に応えるために
 
 店長の今井智香子氏は、今後を展望してこう語っている。

 書店の基本を意識した売場づくりを忘れず、いつまでもお客さまに足を運んでいただける店舗にしていく決意です。そのために、店舗スタッフを育成し、自慢のスタッフをひとりでも多く育てていきます。

 同店をサポートするエリアマネージャー、原田香織氏(馬場裕司氏からバトンタッチした人物)は、改装成功の要因を簡潔にこうまとめる。

 信頼され選んでいただける書店であるためには、顧客のニーズをとらえスピード感をもって棚に反映させる必要があります。スタッフにその力をつけさせるために、今井店長はその信念をもって辛抱強く、育成をおこなっています。

 最後に、本部で店舗を統括する取締役営業企画本部長・野上由人氏は、今回の改装をこう総括した。

 今井店長は常に、書店が本を売ることの「専門店」であることを重視し、書店員にはその「専門家」であることを求めてきました。日頃から競合店や新しい店舗の視察にも熱心で、その蓄積が日頃の店舗運営や改装計画に生かされています。人材育成の観点からも後輩が今井店長に学ぶべきことは多いです。

 書店の改装はどうすれば成功するのか、その答がズバリここにある。
 
 同店を歩き回っていると、ふたつの卓越したジャンルもあってか、生活の思想≠ニいったものが身近に感じとれる。思えば健康、病気、感染症、医療、気候、環境、資源、エネルギー、物流、テクノロジー、AIといった問題が日常的になったいま、生活のなかに思想を感じるのが、現代という時代の特徴といっていい。
 そのような時代、まさに「ゆりかごから墓場まで」の人生を生きるお客さまのために、みずから、なにができるかを問い、応えていくのも書店の役割であろう。
 パルコブックセンター調布店は、まぎれもなく、その実現に向かって一歩ずつ着実に歩んでいるのである。
 

(書店・出版コンサルタント 青田恵一)

(2021年4月21日更新)
青田恵一プロフィール
福島県出身。書店勤務などを経て、現在、株式会社青田コーポレーション代表取締役。書店 ・出版コンサルタント。中小企業診断士。
主著『よみがえれ書店』 『書店ルネッサンス』『たたかう書店』 『棚は生きている』『たたかうお店のバイブル13冊』『理想の書店』(すべて青田コーポレーション出版部発行:八潮 出版社発売)
               
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