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第103回
開かずの引き出し
 飼い主の足音を聞き分ける動物のように、私の耳はその微かな音を拾う。
 
 文庫の棚の下の、ストッカーが開かれる摩擦音だ。それは箪笥の引き出しのようになっていて、基本的には、その棚に出し切れないものが収納されている。
 
 しかし今この時間、音がした方に店員はいなかったはず…。と思うと案の定、お客様が開けて中を覗いている。「何かお探しですか」と声を掛けると、慌てて閉めたり、妙にぶっきらぼうだったり、口ごもって立ち去ってしまうパターンが多かった。つまり、後ろめたくは感じているのだ。
 
 私もいくら書店員だからといって、他の書店のストッカーを勝手に開けることはない。それは、多くのお客様と同じ、感覚的な常識によるが、そこに加え、何をどれくらいストックしているのか、という純粋な興味がある。すると、どうも他人の家の冷蔵庫のように思えてきて、尚更、人として開けるべきではないと感じるのだ。トラップかもしれないし。
 
 仕事中、売場から「ガコッ」という音色が聞こえたら、「かかったな」と思う。ストッカーに見えて、実はただ板を嵌めただけの部分もあるのだ。店員の私ですら、油断すると騙され、自分で仕掛けた罠にはまる猟師か、と赤面する。
 
(三省堂書店神保町本店/新井見枝香)
 
(2018年7月17日更新/ 本紙「新文化」2018年7月12日号掲載)
               
 
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