出版業界 専門紙 新文化 出版業界スケジュール 情報掲示板 連載コラム 編集長のページ
第107回
救急書店員
 お中元には遅いタイミングで、職場にゼリーの詰め合わせが届いた。数日前に、店内で転倒してしまった方からの贈り物だった。
 
 それは猛暑の日、眩暈がしたのか、お客さまは頭から倒れ込んで額を割ってしまった。クリーム色の床に血が飛び散り、辺りは騒然となる。その男性は、血液をサラサラにする薬を服用していて、出血が止まりにくい状態だった。念のため呼んだ救急車を待つ間、側に付いていることにする。
 
 幸い痛みは少ないようで、ポツポツと会話をしていると、買って帰りたい本があると言う。試合後のプロレスラーみたいな顔で何を……と思いつつ、タイトルを伺うと、専門的な分野の、決して安くないマニア向け雑誌だった。それを聞いて、なんとなく立ち寄ったのではなく、発売日を心待ちにして、わざわざ電車に乗って買いに来たことを察する。これは本気の買い物だ。
 
 駆け付けた救急隊員が首にコルセットを巻き、胸に心電図を付ける。私がやるべきことは、お金を受け取ってレジに走り、なんとか発車する寸前の救急車に、商品を放り込むことだった。
 
 レジに立っていると、真新しいギプスをはめた人や、顔色が悪く、明らかに重い病気のにおいがする人、まだ車いすの操作に慣れていない人などが本を買いに来る。誰かに頼めなかったのか。もうちょっと待てなかったのか。
 
 とも思うのだが、そうまでして本屋のレジに並ぶ気持ちがとてもわかるし、嬉しいのだった。ゼリーはとても美味しかった。
 
(三省堂書店神保町本店/新井見枝香)
 
(2018年9月25日更新/ 本紙「新文化」2018年9月13日号掲載)
               
 
購読お申込み
「新文化」案内
会社概要
アクセス・地図
出版物
お問い合せ
メール送信
リンク

新文化通信社