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第113回
目立つということ
 顔見知りの作家を売場で見かけた。くたびれたジャンパーを羽織って、文芸書売場をウロウロしている。邪魔をしないように気付かないフリをしていたら、彼は私を見つけて「新井さーん」と声を掛けてきた。そう呼ばれれば「○○さーん」と返さないわけにはいかない。近くで立ち読みをしていた数人が顔を上げた。
 
 ここは本屋だ。しかも神保町は、日本一本好きが集まる異常地帯である。秋葉原の駅前で、マイクを持ったアイドルがフラフラしているようなものではないか。だが、周囲の目を気にしているのは、どうも私だけのようだった。
 
 ヤマシタトモコの漫画「違国日記」(祥伝社)は、中学生の時に事故で親を亡くした少女「朝」が、伯母の「槇生」に引き取られ、共に暮らすことになる物語だ。朝は高校入学早々、クラスメイトに自身の境遇を打ち明けた。変に気を遣われるのが嫌だったのだろう。だが、伯母が作家であることまでは、言う必要がなかった。槇生の許可も得ていない。
 
 「何か愚かなことをしてしまった」というモヤモヤを抱え、拙い言葉で伝えようとする朝。それを受けた槇生は、たとえ20も下である少女に対しても、容赦がない。「私が何者でもあなたが目立ったことにはならないよ」
 
 あの時売場で、ほんの少しだけ得意げになったことを、槇生に見破られたような恥ずかしさだ。
 
(三省堂書店神保町本店/新井見枝香)
 
(2018年12月10日更新/ 本紙「新文化」2018年12月6日号掲載)
               
 
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