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第15回
シアトル公共図書館(上)
シアトル公共図書館の貸し出し窓口
写真=長田美穂
シアトルから全米へ、「市民が同じ本を読む」イベント
 
 シアトル公共図書館は有名だ。建築家レム・コールハース設計の斬新な建物は、シアトル観光の目玉のひとつ。この図書館を有名にしたのは、あるイベントがここで生まれ、全米400以上の都市、カナダや英国にまで広がったからだ。いまでは連邦政府の文化助成機関が旗振り役となり、このシアトル・モデルのイベントへの助成金を5年間で1000もの団体へ拠出した。
 
 シアトルは「Seattle Reads」と呼ぶが、全国的には、「One Book One City」プログラムとして知られている。街の人びとがある1冊の本を読み、みんなで話し合ったり、著者に質問したり、関連する映画を見たりして、理解を深めようという試みだ。
シアトルで始めたのは1998年。以来毎年春に、図書館が選んだ一つの小説を元に、市内各地で著者との討論会をし、映画や小説を題材にした劇を上演するなど、イベントを立ち上げてきた。
 
 参加者は例年7000人から1万人に上る。市図書館だけで課題作品1500冊を購入し、周辺の書店も大々的に宣伝するため、出版業界にとっては、文学賞のような存在だ。
 
クリス・ヒガシ氏
 
 そのアイデアを考案したのが、シアトル公共図書館のプログラム・マネジャー、日系三世のクリス・ヒガシ氏だ。
 発端は96年。ヒガシ氏と上司は、ある助成金コンペに応募するための案を練っていた。そして浮かんだのが「シアトル市民が一斉に同じ本を読む」という企画。
 
 「著者による自作朗読会は、書店が沢山開催しているし、参加者にとっては受け身な体験です。人びとが作る読書グループは、発言はしやすいけれど嗜好の似た人の集まりになる。図書館にしかできないことは何かと考えたとき、人種、文化、年齢の異なる人びとが同じ本を読み、それぞれの思いを共有する機会をつくれればと思いつきました。」
 
 この企画にとっては幸というべきか、初回は衝撃的な幕開けになった。最初は有名作品でとの意向から、課題作は映画にもなった「スウィート・ヒアアフター」(邦題「この世を離れて」、ラッセル・バンクス著)にした。通学バスの事故で子どもが多数死亡、事故を巡って、生き残った子ども、子を失った親、事故を起こした運転手、賠償請求にあたる弁護士など立場の異なる人間が織りなす物語だ。
 
 その開催を間近に控えたある日。シアトルで、子どもを乗せたバスの運転手が射殺され、子ども達も死亡するという事故が起きた。まるで小説が現実として立ち現れたよう。人びとは嘆き、何かを語りたいと読書イベントに集まった。作者も、参加者の思いに丁寧に対応した。イベントはニュースになり、成功裡に幕を閉じた。
 

(長田美穂・フリージャーナリスト)

(2012年11月22日更新  / 本紙「新文化」2012年11月8日号掲載)
長田美穂氏のプロフィール
 
長田氏は1967年奈良県生まれ。東京外国語大学を卒業後、日本経済新聞社に入社。99年に退社し、2010年秋よりシアトル在住。著書に『ガサコ伝説「百恵の時代」の仕掛人』(新潮社)、『問題少女―生と死のボーダーラインで揺れた』(PHP研究所)がある。
               
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