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第3回
コスモス書店
 「心配するといけないから秘密にしてって頼まれたのだけど」
 
 長期休暇を利用して帰省した私に、母がこそっと耳打ちしてきた。お父さん、救急車で運ばれて入院したんだよ、1週間も。それでね、お酒も煙草もダメだって言われたのに全然やめないの。お姉ちゃんから言われたらさすがにやめるんじゃないかってなっちゃん(義妹)が言うからさ、ためしに言ってみてよ。本当にお父さんったら……。
 
 救急車という単語に背中がひゅんっと冷たくなる。母の話は続いているけれど、うまく返事ができなかった。玄関先から煙草の煙が流れてくる。病院騒ぎなんてどこ吹く風。飼い猫たちを相手に話しながら、美味しそうに煙草をふかすいつもの姿が目に浮かぶ。
 
 光用千春さんの『コスモス』(イースト・プレス)は、母親が家を出ていくシーンから始まる。主人公の花は小学3年生。お父さんのことは嫌いではないが、正直よく知らない。今日から、ふたり暮らし。ひとりになったお父さんは、音楽を聴いたり、DVDを借りてきてホラー映画を見るようになる。それまで花が知らなかったお父さんの姿だ。
 
 「やだなあ、お父さん。音楽聴くとか、歌を歌うとか、やだなあ。そんなのお父さんは『お父さん』でしょ」
 
 「普通の人間、普通にいきもの、だってそれってつまりいつか死んじゃうってことでしょ」
 
 私は花よりだいぶ年上だけれど、花の気持ちがよくわかる。救急車という単語に動揺してしまったのは、私もお父さんはずっと「お父さん」だと思っていたから。大人なのにおかしい、とあきれられてしまいそうだけれど。
 
 この本では、花が小学5年生になるまでのいろんな「ある日」が描かれているけれど、片親になった花をめぐるクラスメイトや転校生との話が中心で、お父さんの出番は意外なほど少ない。花が新しい感情に戸惑ったり、悩んだりするたび、さりげなく登場してくる。自分の子どもの頃の思い出話をしたり、思わぬ気づきにつながる言葉をぽんっと口にして「言ってみるもんだなぁ」なんて感心したりしている。でもたぶん、親と子の関係はこれくらいがちょうどいい。
 
 コスモスという名前は宇宙(cosmos)を連想させるけれど、調べてみるともとはどちらもギリシャ語で「調和」を意味する言葉が語源らしい。調和は美しさの基本である。コスモスの花びらが整然と並ぶ様子はたしかに美しい。表題がなぜ「コスモス」なのかは読んでからのお楽しみとして、名前に宇宙が含まれているってすごくいいなぁ。コスモス書店。口にするたび目の前で小さな宇宙が花ひらくようだ。

(MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店)

(2019年6月20日更新  / 本紙「新文化」2019年6月6日号掲載)
               
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