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第32回
人生の手触り
 他人の人生に触れることの怖さを初めて知ったのは小学生の頃のことだ。町内に住む一人暮らしの老人に手紙を書くことになった。私は祖父母と一緒に暮らしていて、とても厳しい人たちだったけれど同時にとても愛してもくれていた。だから孫のような年齢の子どもから手紙が届いたら嬉しいだろうと単純に考えていたことだけ覚えている。
 
 名前と住所が書かれたリストから、自分が手紙を出したい老人を選んだ。たぶんその時に流行っていた遊びの話とか、健康でいてくださいとか、そういうことを適当に書いたんだと思う。先生に提出したと同時に忘れてしまうような、そんな些細なことだけが書かれた葉書きが当の老人のもとに届く頃には、葉書きを書いたことすら忘れてしまっていた。
 
 葉書きを出してすぐに、小学校の文化祭があった。合唱コンクールと図画工作とペン習字を展示するだけのささやかな文化祭だったけれど、当日はそれなりに人出もあって賑わう。
 
 学校での顔を家族に見られる気恥ずかしさからか、いつもより高揚した様子の生徒たちに混ざって、私も浮足立っていたように思う。だから昇降口に私の名前を訪ねてきた人がいるよと友人伝手に聞いた時も、離れて暮らす母方の祖父母かなと思った。急いで駆けつけるもそこには誰の姿もなくて、私宛ての手紙だけが職員室に預けられていた。葉書きを出した一人暮らしの老女からだった。
 
 封筒の宛名部分にはサインペンのようなもので私の名前が大きく書かれていて、その「手紙を書き慣れていなさ」に心がざわついた。便箋は1枚だけで、ボールペンで力強く丁寧に引いたような字が印象的だった。
 
 お手紙、ありがとうございますから始まるその手紙には、1人で過ごす毎日がいかに退屈で孤独か、そしてそこに届いた私からの手紙がどれほど嬉しかったかが書かれていた。
 
 自分の祖父母と、遊びに行くといつも笑顔で迎えてくれる友人の祖父母しか知らなかった私は、1人でご飯を食べたり、眠ったりしている老人がいるということがショックだった。よい大人になってください、で結ばれたその手紙から垣間見える他人の人生を怖いと思ったし、そうして一瞬でも誰かの希望になってしまうことへの心の準備が出来ていなかった。生々しいと思った。
 
 山木礼子さんの歌集『太陽の横』(短歌研究社)を読みながら、この時のことを思い出した。母親としての歌と、母親になる前の恋人として、そして文学を愛するひとりの人間としての、それぞれその時に向いていた愛の対象への激しさとそれを見つめる眼差しの確かさが同時に宿るような歌を読みながら、自分以外の誰かの人生に触れてしまったという、あの時の手触りが蘇った。誰にも話したことのなかった、あの時の話を、私も今ならできるかもしれないと思った。
 
 読むことと書くことが交わるこの瞬間に、自分の新しい読書の喜びを得たような気がした。
 

(ライター・書評家)

(本紙「新文化」2021年11月4日号掲載)
               
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