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第37回
趣味は何ですか
 自己紹介が苦手だ。
 
 4月といえばと思い返してみて、毎年自己紹介が嫌だった思い出しかないくらい苦手だ。当たり障りのない自己アピールの正解を探し続けているうちに学生時代が終わってしまった。
 
 自己紹介がたいてい出席番号順だったのも納得がいかなくて、次に生まれてくる時は、いい感じに緊張も解けて場が温まった後に悠々と順番が回ってくる「た行」の名字がいいですと真面目に願ったりもしていた。
 
 自己紹介で「趣味は読書」と言いにくくなったのはいつからか。読書とは小説とそれ以外というざっくりとした認識だったのが、本を読み続けるうちにいつの間にか解像度が上がって、ひとりの作家、一冊の本の後ろにたくさんの情報という尾鰭(おびれ)がついてしまった。
 
 この尾鰭は少し厄介で、偶然に読書傾向が似ていれば話も盛り上がるけれど、空気の読み合いになることも少なくない。
 
 とくに小説の場合は、1人、また1人とお気に入りの作家名を挙げて着地点を探し出す。そんなの気にしないという人も多いだろうけれど、私は「自分の知らなかった自分」や「隠し続けたかった自分」を作中に見つけて作家を好きになることが多いので、いつも少しだけ捨て身の覚悟がいる。
 
 今ではもう信じられないけれど、新しい人と知り合う度に自分から進んで読書の話題を振っていた時期がある。20代のはじめ、学生の頃だ。
 
 大学で、アルバイト先で、友人の友人として。毎日同じクラスメイトと顔を合わせていた高校時代とは比べられないほど多くの人と関わるようになって、仲が良いわけでもないけれど、「空気のような」と言い切ることもできない関係が一気に増えた。
 
 同じ空間で、多少は目的も同じにしていて、もしかしたらすごく気の合う人がいるかもしれない。でも一人ひとりとゆっくり関係性を確かめる余裕がない。そんな時に読書の話題は、とても便利だった。便利という言葉を選ぶのは感じが悪いけれど、当時は自分なりにとても大真面目にこれしかないと思っていた。
 
 あの頃は、ほんの少しの時間でも腰を据えて話す機会があれば、果敢に聞いていたように思う。私が覚えていないだけで迷惑に思った人もいたはずで、その人には今からでもひとこと謝りたいくらい申し訳ない気持ちになるけれど、都合のいい部分しか覚えていない今となっては、「若いってすごいな」「知らないってすごいな」と人ごとのように感心するばかりだ。
 
 作家や小説を好きになる理由は今と変わらないから、当時も捨て身の覚悟ではあったと思う。しかし、捨てることを怖がらなかったおかげで友人もできたし、恋人もできた。今は離れてしまった人も多いけれど、毎年自己紹介をする機会の多い今の時期に何となく思い出し、思い出すたび人知れず顔を覆っている。
 

(ライター・書評家)

(2022年5月2日更新  / 本紙「新文化」2022年4月14日号掲載)
               
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