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第39回
「趣味」という快楽
 これを書いている今も、そしてこの原稿が出る頃も、おそらく私は「カムバ」で忙しい日々を送っている。
 
 カムバック、通称「カムバ」とは韓国のアイドルが新しいアルバムをリリースして活動をすること。日本のアイドルと違って、バラエティ番組に出ることも地上波のテレビで冠番組を持つこともほとんどない韓国のアイドルたちの、新曲を出した後の音楽番組やラジオへの出演、そしてアルバムツアーなど、一連の活動を指す言葉だ。
 
 1年前の私は、カムバの「カ」の字も知らなかった。人は変わるといえど、まさか自分がアイドルと呼ばれるグループのファンになるとは思わなかった。ましてや書店員として働いていた数年前の自分に、今の様子を話して聞かせても信じないと思う。
 
 本を読むという趣味が仕事になり、仕事とプライベートの境目が曖昧になった。新刊をチェックするのも気になった作家を調べるのも、そして本を読むのも趣味であり、仕事でもあるという毎日。他の趣味が入り込む余裕が、時間的にも気持ち的にもなかったのだ。
 
 書店員を辞めて新しい仕事を始めた当初、10年ぶりに戻ってきた私的な読書が新鮮だった。新刊を読まなくていい。売れ筋もチェックしなくていい。そして何より、読まなくてもいい。
 
 書店には毎日新しい本が入荷してくる。必然的に読みたい本も増えていく。1日に読める分量を目安にこれからの人生で読める量を割り出して、そのあまりの少なさに勝手に絶望したりする。世の中に娯楽と呼ばれるものは数あれど、読書以外は眼中にない。本当にそんな感じだった。
 
 そして今。帰宅後、夕飯の準備をしながら、サブスクリプションサイトで鑑賞する韓国ドラマを選ぶ。1日1話までと決めているのに、先が気になってつい見続けてしまう。仕事が早く終わった日はカフェで語学の勉強をする。好きなアイドルの映像を見る。
 
 皮肉な話だけれど、自分がこうして読書以外の趣味を持って初めて、本が一体何と戦っているのかを理解できた。盲目的に本に恋していた時には分からなかった。心のどこかで分かる必要もないと思っていた。本はこんなに魅力的で多様な娯楽と競っていたのか。これは、マジで、本、ヤバいのかもしれない。
 
 こういう時、「本を読まないということは、そのひとが孤独でないという証拠である」という太宰治の言葉を引きながら、他の娯楽の優位に立とうとしてしまいがちだけれど、孤独が本だけの専売特許だと勘違いするのはとても傲慢だ。かつて自分もそう思っていたから。でもそもそも、この世界に孤独じゃない作業なんて存在しないんじゃないか。
 
 ということで、私は今、私みたいな人に、本を読む時間を割いてもらうにはどうしたらいいのかと考えている。なんだかやっと、スタート地点に立てたような気がする。
 

(ライター・書評家)

(2022年6月23日更新  / 本紙「新文化」2022年6月16日号掲載)
               
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