第28回 人に話を聞いてもらうということ

 この原稿を書く、数時間前の話である。朝の満員電車は日常に戻りつつあるが、近隣の映画館や劇場が再開しないことには、平日午後の客足が伸びない。そんななか、久しぶりにメンバーが揃ったこともあり、ミーティングを行うことになった。
 それぞれがやりたいこと、面白そうな企画を挙げればキリがない。実際に顔を突き合わせて話すことで、やる気も高まるのだ。そのうち、「そろそろ次の新井賞の時期だね」という話になった。ここ数カ月は自宅に籠もっていたおかげで、いつも以上に本とがっぷり向き合う日々。いつもは全く迷わないが、今回ばかりは、鮮明に記憶が残っている本が多すぎて、受賞作が見えてこない。
 あれも読んだよ、これも良くてね、と話すうち、とある小説について口を開いたら、物語のあらすじどころか、声が出なくなって、代わりに涙がぼろっと溢れ出た。
 「これに決まりだね」「新井賞決定の瞬間に立ち会いました」皆が口々に言う。新井賞が初めて、ひとりきりでない場所で決まった。人に伝えることで初めて気付く、自分の感情がある。自分が読んだ本の話に、耳を傾けてくれる仲間がいることが、とてもありがたかった。そして、奇しくもその小説は、「人の話を聞く」物語なのである。

(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)

(本紙「新文化」2020年6月25日号掲載)