先日、新しくできた商業施設を訪れると、やけに本棚が目立つレストランが目に入った。ガラス張りの店内は、中央にキッチンが見通せるカウンター、その右側に本が並び、手前にカフェのようなスペース、左側は全くのレストランという作りだ。数千冊ありそうな本は、インテリアではなく売り物らしい。
書店併設のカフェは珍しくないが、メニューにはケーキやサンドイッチくらいのイメージである。本格的な調理の場が、売り物の本と同じ空間にあることは珍しいように感じた。
紙でできた本は、においを吸う。人に借りた本は、その人の家やカバンの中のにおいがするし、古書店の本は、虫干ししても独特のにおいが抜けない。自分ではわからないが、きっと私の本からも何らかのにおいがするのだろう。新刊書店にもそれぞれ店ごとのにおいがあって、買った本を家でかぐと、ほのかに残っていることがある。
あのレストランに置かれていた本は、家に連れて帰ったらどんなにおいがするだろうか。
たとえば花屋と書店の複合店があったら、やっぱり花の香りを吸うのだろうか。海の近くの書店は、温泉街の書店は、外国の書店は……。私は本のにおいをかぐのをやめられない。
(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)
(本紙「新文化」2020年10月1日号掲載)