第35回 自由に読める本

  その小さな本棚には『かくかくしかじか』や、『富士山さんは思春期』『今日は会社休みます。』『クッキングパパ』などのコミックが並んでいた。
  都内にあるひとり暮らしの部屋にも『かくかくしかじか』は全巻揃っているが、福井県にあるストリップ劇場・あわらミュージックの楽屋にあるそれは、格別に輝いて見えた。つい手が伸びて、読んでしまう。
  いつ、誰が置いていったのかはわからないが、本はそういう風に、さり気なく次の読者へ引き継がれていくことがある。飲食店、病院の待合室、駅舎、学校。「ご自由にお読みください」と書かれていなくても、誰にも断らずに、ひょいと手に取って読む。
  本は価格がそれほど高くないということもあるが「持ち去るな」と書かれていなくても、大抵の人は、また元の場所に戻していく。
  先日訪れた、新宿ゴールデン街にあるプチ文壇バー「月に吠える」には、カウンターの上などに本が置かれていて、お酒を飲みながらそれを読むことができた。続きが読みたければ、無料で貸出しもしてくれるという。
  でも私は、途中まで読んだ本を、元の場所に戻した。また気が向いたらふらっと立ち寄って、ここで続きを読みたいのだ。

(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)

(本紙「新文化」2020年10月15日号掲載)