第78回 「ない」の証明

 最初はPHSだった。白いおもちゃのような筐体をポケットに入れて納品の作業をしていると、店内のどこにいても、自分の担当ジャンルについての問合せに対応できる。ある程度の広さの書店なら、お客様をお待たせする時間を短縮し、売り逃しを防ぐことができるだろう。
 その後PHSはスマホに替わったが、現在の勤め先では、ほとんど全員がインカムを装着している。大きな飲食店やイベント会場などで見る、片耳イヤホン型のアレだ。
 先日店頭で問合せを受けたが、どうしても見つからない本があり、《どなたか分かる方いらっしゃいますか》と発信したところ、普段売場に出ない仕入れ担当者に心当たりがあり、いくつかのデータを確認して、確実に在庫がないことを教えてくれた。
 在庫が目の前にあれば「ある」と断定できるが、たとえ見当たらなくても「ない」とは言い切れない。
 データ上では在庫があっても、店頭にない理由はいくらでも思いつくのだが、決定的な証明ができないうちは「ある」かもしれない。
 今回は、常に全員が通話状態であるインカムのおかげで素早い対応ができた。あとは片耳で会話を聴きながらの聖徳太子接客に慣れるだけだ。

(新井見枝香/HMV&BOOKS SHIBUYA)

(本紙「新文化」2022年7月28日号掲載)