第26回 お寺と本

 岩手・盛岡市の名須川町にある専立寺で、毎週金曜の夜に本を販売する「夜行書店」が開かれているというニュースを見かけた。
 本来お寺は「受け入れる場所」であり、誰が来ても拒否しない場所であったのだが、現在では仏事の際にしか接点がないという方も多いかもしれない。若者の読書離れならぬ、檀家の「お寺離れ」が進んでいるという話をよく耳にする。
 そんな状況を変えるべく、工夫を凝らし、お寺を地域住人に解放し、仏事以外でも活用してもうことで、お寺は誰でもいつでも来ていい場所であることを広める活動が増えている。
 専立寺の例もそうであるが、その活動に本を活用するお寺が増えてきた。
 お寺と本。言葉が紡がれ文章となり、印刷製本され本となり、様々な記録と記憶を残していけるのが本である。経典も本・書物だ。仏の教えは口伝だが、やがて文字に起こされ経典で広く伝わり、今に至っている。伝えるものを扱うという意味で本と寺は繋がるのだ。
 過日、「本を活用した寺づくり」というシンポジウムでお話をさせていただいた。過疎地にあるお寺の関係者も多く参加されていた。まちに一軒も本屋がないので、子どもたちが自由に、何の気兼ねもなく、自分の足で歩いて行ける場所に本と接点を作り出したいという若い住職の想いが嬉しかった。
 そこに行けば誰かいるかもしれないし、誰もいないかもしれない。お寺がそんなふうに、まちの 人々の〝居場所〟になっていけば楽しい。
(本紙「新文化」2022年1月27日号掲載)

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