「わあ、これ知ってる!」
児童書売場にいるとよく見る光景。子どもの頃読んだ懐かしい本たちとの再会。EHONSでこの秋に並べた本も、多くの邂逅を果たしている。武蔵野市立吉祥寺美術館の「北田卓史展 想い出の空飛ぶタクシー 遺されたアトリエの扉を開けて」に併せた開催記念フェアで、教科書でおなじみの「白いぼうし」が収載された「車のいろは空のいろ」シリーズを中心に、北田さんの絵の世界を一緒に堪能できるグッズを販売したのだ。
「車のいろは空のいろ」(ポプラ社、あまんきみこ作・北田卓史絵)は空色のタクシーの運転手、松井さんと不思議なお客さんたちの物語。私が「白いぼうし」に出会ったのは4年生の教科書だ。道端で白い帽子を見つけた松井さん。帽子を手に取ると、モンシロチョウが下から飛び出した。蝶を捕まえた子どもががっかりしてはいけないとの思いから、松井さんは持っていた夏みかんを代わりに置き、白い帽子を被せる--。
「これはレモンのにおいですか?」
「いいえ、夏みかんですよ。」
懐かしい言葉とともに、タクシーのなかのもぎたての夏みかんの匂いを私は味わう。
読み返すたび、白くて眩しい教室の風景が浮かんでくる。国語の時間、その日は音読の授業だった。まだ、出席番号順に座っていたから、一学期だったと思う。あ行の子から、順番に読んでいく。つっかえたらそこでおしまい。次の人に変わらねばならない。いいなあ一番目の人。最初は、タイトルと作者名だけだもの。二行は確実だ。光が柔らかく差し込む教室で、ドキドキしながら自分の番を待つ。廊下側の一番前のあ行の苗字の子が読み始める。
「白いぼうし、あんまんきみこ」
終了。結果は一行。印象的すぎていまでも忘れられない。あの子の恥ずかしそうな横顔も、授業中なので笑っていいのか戸惑ったクラスの空気も。
物語に向き合うとき、幼い頃の読み聞かせをのぞけば、たいてい一人だ。そう考えると教科書ってすごい読書体験だ。児童書にはだいたい、対象年齢がついていることが多い。とはいえ、出会う年齢には個人差がある。まったく同じ年齢でその物語に出会う体験ができるのは教科書ならではだろう。それも、同じ教室という箱の中で。
あの日、あの教室で「白いぼうし」を体験した28人のクラスメートたち。夏みかんの匂いと日に焼けたタクシーの運転手の松井さんと出会うとき、あの教室の風景を一緒に思い出すのだろうか。
(本紙「新文化」2025年12月4日号掲載)

