第24回 あの日からの日常

 2月の半ばに福島県沖を震源地とする地震があり、東京も大きく揺れた。本棚に詰めた本が次から次にバタバタと落ちる様を見ながら、あと5秒経ってもまだ揺れが収まらなければ本棚を押さえにいこう。そんなことを考えていた。
 本当はすぐにでも立ち上がって押さえにいくべきだったけれど、立った瞬間に運命が決定的な方向に舵を切ってしまいそうで怖くて動けなかった。大丈夫なふりをしている間はきっと大丈夫。いつもよりほんのちょっと揺れが強いけれど心配ないと、心のなかでゆっくり自分に言い聞かせていた。
 結局、5秒数えるまでもなく、本が落ちて軽くなった本棚が、今までに見たこともないほど左右に大きく傾きながら揺れるのを見て、体の方が先に反応してしまった。本棚を押さえながら、それでも頭の中では落ちた本の後片付けするの面倒だな、とか耐震もっとちゃんとしないとな、とかできるだけなんでもないことのように装い続けていた。
 いったい、誰に対してのアピールなのだろうか。神様というのとも少し違う。しいて言えば「日常」が近いような気がする。
 東日本大震災から今年で10年が経った。10年前の今日のことを思い出そうと、記憶の取っ掛かりを探すために部屋を見回してみたけれど、あれから二度引っ越した部屋には存外新しいものが多い。
 白いレースと薄い緑色のカーテンも、カーテンレールに無造作にかけられた洋服も、目に入るもののほとんどがあの日のあとに購入したものだ。この文章を打ち込んでいるパソコンも、手元を照らしている読書灯も、ヨーグルトを食べるために用意した銀のスプーンでさえもそうだった。
 きっと「日常」が続くとは、こういうことなんだろう。小さな変化を積み重ねながら、ゆるやかに生活し続ける。久しぶりの大きな地震に、かつてその日常が途切れた日のことを思い出してしまったからこそ、必要以上に平静を装ってしまったのだろう。
 10年前の3月11日はたまたま仕事が休みで、昼過ぎまで寝ていた罪悪感を払拭すべく出かける準備を終えたまさにその時、地面が揺れた。揺れがおさまるとすぐに岩手に住む家族から無事を知らせるLINEが届いて、それからずっとテレビに張り付いていた。あの日、何をしていたかと聞かれたら、テレビを見ていたとしか答えられないぐらい、ずっと見ていた。
 次の日から、普通に仕事が始まった。書店で働き始めたばかりの頃だった。「書店」は、非常時でもいつもと同じように開いていることで誰かの安心につながる、そんな場所だ。
 あの時、書店にかけられていた「日常」という魔法は、一歩店の外に出れば解けてしまうような、ほんのささやかなものだと思っていたけれど、そう簡単なものでもなかったらしい。

(ライター・書評家)

(2021年4月15日更新  / 本紙「新文化」2021年3月11日号掲載)