第37回 文庫化は進化

 単行本発売から約5年、ついに『アル中ワンダーランド』(扶桑社)が文庫化された。アルコール中毒になったまんきつ氏が、自らの体験を綴った漫画である。酔った上での失敗談は、つい吹き出すほど面白いのに、病気に対する恐怖がべったりと残る。この人は、そして自分は、大丈夫だろうか。そう思わずにはいられなかった。
 文庫化にあたって、単行本にはない「文庫解説」が加えられるのは、よくあることだ。たとえ単行本を持っていても、それを読みたくて買った経験は少なくない。
 『アル中~』文庫版は通院して断酒したはずが、またお酒を飲んでしまった実体験を描く「おまけ漫画」と、著者が敬愛する吉本ばなな氏との特別対談が収録されている。もはや単なる文庫版ではなく、完全版という新たな形に変わってしまった。そうやって進化できたことが、何より素晴らしい。
 単行本を購入した約7万人の読者に悪いから、文庫をお得にし過ぎるのは止めよう、という考えは、全く誰のためにもならない。「単行本を買って損した」と勘違いする人に、何の気を使う必要があろうか。
 追加されたコンテンツを読まないことこそ本当の損であるということを、私は約7万人の単行本読者に伝えたい。

(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)

(本紙「新文化」2020年11月12日号掲載)