第42回 本がまだない

 芥川賞・直木賞の結果は、選考会が終わるまで誰にもわからない。もちろん候補作の出版社は、自社の作品が受賞すると信じて、受賞後の計画を立てているだろう。発表前に「受賞」の文字を入れたPOPや帯を刷ってしまう、気の早い会社もあった。
 だが、さすがに本は刷っておけない。受賞しなかった場合、残念でした、で済ますにはリスクが大きすぎるからだ。毎回、発表後に書店の店頭在庫がなくなって、お客様から問合せが殺到する期間がある。書店員は頭を下げ続け、受賞作家は重版出来までヤキモキし、お客様の興味は薄れていく。
 その点、新井賞は選考委員が一人なので、とっとと決めてあらかじめ発注しておけば、発表と同時に大きく展開できるという利点があった。
 しかし、今年の1月20日、芥川賞・直木賞と同時に発表した第13回新井賞の受賞作は今、店頭に1冊も並んでいない。発売前の本を選んでしまったからだ。
 桜木紫乃さんの『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』(KADOKAWA)のゲラを読んだのは、2021年を迎える直前だった。
 雪の日のストーブみたいに離れがたく、どう考えても、この半年でいちばんしあわせな読書だったのだ。

(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)

(本紙「新文化」2021年2月4日号掲載)