第72回 いざ、神保町へ!

 「異動で離れた店舗には一切近付かない」と、潔く言い切る上司がいた。確かに、後を継いだ人にとってはプレッシャーだし、手を出せないもどかしさもあるだろう。
 しかしその日の私は、娘のアルバイト先に偶然を装って押しかける母みたいな不自然さで、三省堂書店神保町本店の裏口から侵入した。あの古いビルを建て替えると聞いただけでソワソワしていたが、自分も選書した本が並ぶフェアを、どうしてもこの目で見たかったのである。
 有楽町店時代の戦友であるOさんは、書店員が何のために売場にいるのかを教えてくれた人だ。彼女の豪傑な本の売り方は、その後の私の書店員人生に大きな影響を及ぼしている。そんな彼女から連絡があり、奇しくも私と同じ神保町本店の文庫を担当していることを告げられ、選書の依頼を受けたのだ。
 建て替えのための営業終了に合わせた、スタッフオススメ文庫フェアだが、長く営業を続ける書店だけに、元スタッフたちにも声をかけたら面白いのでは……と彼女は思いついてしまったのである。後先考えず、とりあえずやろうと決めるあたりが、誰かにそっくりである。いや、私が彼女から引き継いだのか。営業終了は5月8日。ぜひ足を運んでほしい。

(新井見枝香/HMV&BOOKS SHIBUYA)

(本紙「新文化」2022年4月28日号掲載)