第77回 旅先の書店

 仕事で愛媛県の道後温泉に滞在している。夕方までは時間があるので、朝目が覚めたらオレンジ色の路面電車に乗って、あちこち出掛けるのが日々の楽しみだ。
 繁華街らしき「大街道」で下りると、目の前の商業施設に明屋書店の看板を見つけた。向かいの三越にはジュンク堂書店が入っている。
 商店街には「坊っちゃん」という名の飲食店があり、松山城側へ道路を渡れば「坂の上の雲ミュージアム」もある。道後公園内には「子規記念博物館」もあって、松山はまさに文学パラダイスだ。
 愛媛の明屋書店には、小説家・早見和真の棚をつくる書店員がいると聞いたことがあった。早見さんは一時、愛媛に住んでいて、最新作『八月の母』(KADOKAWA)の舞台にもなっている。
 店に入るとすぐ、夏の文庫フェアが目に入り、左手の文庫の元棚に、件の棚はあった。すべての本にPOPが付き、どのコメント読んでも、そうそう! と頷く。思い切ってレジで訊ねると、彼女は休憩に出たばかり、とのことだった。
 すれ違いもまた一興。初めて訪れる地に訪ねるべき人がいることは、旅の心細さを和らげる。そしてこの旅が、自分にとって何か特別な意味があるような気さえしてくるのだ。

(新井見枝香/HMV&BOOKS SHIBUYA)

(本紙「新文化」2022年7月14日号掲載)