第21回 五感で読む

帰国中の甥姪と、今年もディズニーシーへ。去年初めて体験したアトラクション「ソアリン」に今年も乗りたいと、炎天下のなか行列に並ぶ。空飛ぶ乗り物ドリームフライヤーに乗って世界を旅する人気アトラクションだ。最新のデジタルプロジェクション技術で本当に空を飛んでいるよう! 今年初めて体験する夫に、一生懸命ソアリンの説明をする2人。

「あのね、草原ではね。ゾウとかがいて、うんちの匂いがして臭いんだよ」
「砂漠で風が吹いて、砂が目にかかるの!」

そんなだったっけ?  去年一度しか乗ったことのない私も、圧倒された記憶はあるがうろ覚えだ。期待に胸を膨らませ80分待ちを乗り越えて、いざ搭乗!

素晴らしいフライトを終えて、現実世界に帰ってきた私たちは大満足。「たしかにこれはすごい! 人気なだけあるね」と夫。「でも、うんちの匂いってしてなくない?」うん、そうだね。砂もかからなかったね。ソアリンでは臨場感を出すためにいくつかの場所で香りがする仕掛けになっている。ゾウがいたサバンナで草の匂いはしたけれど、うんちの匂いはしなかったね。「なんか、前は臭ったと思ったんだけどなー」と子どもたちはあっけらかん。ああ、これって本でもあるなあ。

お問い合わせで難航するのは、お客様の読書体験によって現実の本に色々な要素が加わっている場合だ。このせいで、どんな印象の本か聞けば聞くほどなかなか答えにたどり着けないのだ。やっとの思いで本を差し出し開いてみると、「あれ? カラーだと思ってたのに白黒だった」とびっくりされることが本当によくある。ちりばめられた言葉から、その人自身の感じ方で色や匂いや感触を肉付けする。その人だけの本になる。読書って、誰一人同じ体感ができないから素敵だ!  そういったお客様に出会えると心からうれしくなる。

そんなふうに五感で読める本に出会えることは本当に幸せなことだし、私にとってのそれは『大きくてもちっちゃいかばのこカバオ』(風濤社、森山京作)だ。
「とろんとやわらかなぬのじ」とか「あまいストロベリーのあじ」とか、言葉を自分の経験値のなかから五感に変換し、それらを全部毛穴から吸収して、丸ごと物語世界が身体に入ってくる感じ。皮膚感覚で読んだ初めての童話。私を形作ってくれた本だ。

2人にとってソアリンは現実には無いものが五感に届くくらい圧倒的な体験だったのだろう。今のうちに読書でもそんな出会いをしてもらいたいものだ。

(本紙「新文化」2023年9月7日号掲載)

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