第32回 町を出て18年

 身が引き締まるお手紙をいただいた。差出人の住所に見覚えがあったからである。
 標高1000メートル級の奥羽山脈に囲まれた特別豪雪地帯・岩手県西和賀町。そう、僕が生まれ育った町だ。その町に一軒だけあった本屋が僕の実家である。祖父母が立ち上げ、両親が跡を継ぎ、僕の代で廃業した。あの町から本屋を消したことに対して、僕のなかには申し訳なさしかない。店をつくり出した祖父母やそのたすきを受け継いだ父と母にも。しかし、心身ともに限界でした。毎日、お金の話しか出てこない日々は、本当に辛かった。
 廃業して町を出て18年が経過した今なお、ふるさと・西和賀の名を聴くと、懐かしさ以上に苦しかった日々が蘇ってくる。
 その経験があったからこそ、未来読書研究所として活動し、これまでとは違うアプローチで、本と読者、本と地域を繋ぐ活動を提案し、本の可能性について様々な媒体で発信してきた。
 手紙の差出人の方は、僕のセミナーに参加してくださっていたそうだ。きっかけは、地元で高校まで過ごし、大学進学ではじめて町を出た子が帰省した時に語った「大学に入って初めて本屋で立ち読みをしたんです。何時間いてもいいし、いろいろなことを知ることができる。あんな場所、ここにはないですよね」の一言だったと。
 これが無書店地域の現実である。今夏、その町に新しい本屋が生まれそうだ。
 故郷に恩返しできる機会をいただけたことに感謝している。
(本紙「新文化」2022年4月21日号掲載)

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