第12回  忘れられないクリスマス

 児童書担当にとって一番地獄のような期間、それはクリスマス。街が浮かれれば浮かれるほど、殺伐とする私たち。一番の山場は12月だけれど、品出しは11月の頭。大量に仕入れた商品を配架し一息ついた頃、別店舗で働く後輩が店に寄ってくれたので丸の内の後輩も誘って飲みに行くことにした。
 目の裏でちらつく赤や緑を押し戻すようにビールを飲みながら「ねえ、クリスマスの思い出ってある?」と聞いてみる。イラッとしたように彼女が言う。「子どもの頃のことですか?」そうです。私たち、書店に勤めてからはこの期間仕事しかない。「いや、仕事で」と当たり前のようにいうと「思い出っていうか忘れられないのは兼森さんがいなかったクリスマスですね」。
 そうだった。書店員になって一度だけ、この期間働かなかったことがあった。ジュンク堂書店新宿店、閉店目前のクリスマス。たまたま病気が発覚し、1週間の入院と1カ月の自宅待機を余儀なくされた。「だって、24日も 一人で回したんですよー!!」とあの頃、新宿で一緒に働いていた彼女の奮闘を聞きながら、当時のことを思い出す。
 まさか自分が病気になるとは思ってもみなかった。「せっかくだからゆっくりしたら」と周りは言うけど、気ばかり焦る。だって、最後かもしれないのに……。公式発表はまだだったけど、新宿店が閉店するのはうすうす感づいていた。大好きな場所での最後のクリスマスに立ち会えない。絶望しかない。出版社さんがゲラを送ってくださったりしたけど、文字が頭に入らない。本が読めないなんて、重症だ。

 そんな時、一冊だけ読むことができた絵本がある。『わかがえりの水』(岩崎書店、広松由希子文・スズキコージ絵)。溢れんばかりの生命力が満ち満ちたこの絵本。身体の隅々まで滋養が染み渡っていくのがわかる。コージさんの絵本には子どもの頃から何度も助けられたけど、このときは命を救われたと思っている。
 どうしても我慢できず、予定を繰り上げて出社したのは、クリスマス当日。案の定目眩がし、駅で転倒。顎を切り血塗れで、歌舞伎町の病院に朝から駆け込む。酔っ払って負傷したガラの悪い人たちの怒鳴り声がうるさい。最悪のクリスマス。でも忘れられないクリスマス。やっと会えた、私の売場。久しぶりに見つめたその場所は本当に美しかった。
 私の前でビールを飲む彼女が所属するのは、来年1月をもって閉店するMARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店。彼女の最後のクリスマス。どんなふうに迎えるんだろうか。
(本紙「新文化」2022年12月1日号掲載)