第7回 コンプレックスに本

 勉強やスポーツができなくて悔しい思いをする、という経験をあまりしないまま10代を過ごした。と言うとまるで自慢のようだけどそうではなくて、いまなお根深く私の性格や言動に影響を及ぼし続けるコンプレックスの話である。
 何事もそれなりにこなせるけれど、飛び抜けて輝けるものが見つからない。「器用貧乏」という言葉に出合ったとき、同じような思いを抱える人が私以外にもいることに安堵したのを覚えている。同時に、取るに足らない自分の存在の軽さをも突きつけられたような気がした。
 私には、「私はつまらない」という呪いがかけられている。普段の生活ではそれほど気にならないけれど、文章を書くときは大問題だ。つまらないものを書いて誰かを失望させたくない。いいものを書いて驚かせたいという欲もある。そんなとき、私は、光を飲むように、光を生み出す人の作品を読む。「感化」というドーピングは、少しの間だけ私の筆を滑らかにする。今回はそんな光源のような本を紹介したい。
 宮崎夏次系さんの漫画「なくてもよくて絶え間なくひかる」(小学館)の主人公は、心のなかにゴールデンユキコなる想像の恋人を棲まわせている男子高校生の並木。僕だけの「イマジナリーラヴァー」だったはずなのに、ある日、五卯留伝有木子(ごうるでんゆきこ)を名乗る少女が目の前に現れる。
 両親は離婚していて、母親は整形中毒。父親は理由は分からないけれど僕のことが嫌いで、高校生の僕はここから逃げ出すことができない。呼べば必ず現れる妄想のユキコは、ままならない現実世界を生き抜くために並木が生み出したライフハックだった。
 そんなイマジナリーラヴァーを手放して有木子に恋をすることは、思い通りにならない世界と向き合って、傷つく覚悟を決めることに等しい。恋は命がけ。凶暴でわがままで何を考えているのか分からない有木子は、並木の目には特別にきらきら光って見える。恋が見せる自分だけの風景に戸惑いながらも、傷つく決心をした僕が到達した景色に驚いてほしい1冊だ。
 この原稿を書くにあたり、今回私が光としたのは『現実のクリストファーロビン』(書肆子午線)だった。著者である歌人の瀬戸夏子さんが2009年から17年に書いたあらゆる文章をまとめた1冊で、とくに16年に1カ月だけ書かれた日記を繰り返し読んだ。日記で引用されている本を確認してみたり、瀬戸さんに倣ってある女性アイドルグループのミュージックビデオを何度も視聴した。取り込んだ光をうまく文章として消化できているか自信はないけれど、アイドルに少しだけ詳しくなった秋の始まり。

(MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店)

(2019年10月17日更新  / 本紙「新文化」2019年10月3日号掲載)