第125回 本だけ読んで暮らしたい

今年に入り、ただただ本だけを読んで暮らしたいと願う日々が続いている。なにをしてもうまくいかず、後ろ向きな仕事ばかりしているなか、『夏鶯』(赤神諒著/集英社)という名作に出合った。

武士の時代の終焉が近づいていた頃、神戸三宮神社前において、備前岡山藩兵と外国人水兵が衝突する、のちに神戸事件と呼ばれる事件が起こった。

『夏鶯』は、その責任を一身に背負い切腹した武士・瀧善三郎をモデルにした滝田蓮三郎を主人公に、藩と日本国の未来を背負い切腹に至るまでを描いた物語である。

「故ありて、滝田蓮三郎に永蟄居を申し付く」との沙汰がくだり、どんな罪を犯したのかは明かされないまま、17歳で永蟄居の身となり、15年の長きにわたり屋敷の離れで暮らすのだった。

蓮三郎が、自らの命を捧げることで、備前岡山藩を守り、のちに日本の危機から救った真のラストサムライといわれるようになったのか。藩主の動きや、藩のなかでの政争など史実を下敷きに15年間の蓮三郎の暮らしが本書の大部分を占めるのだが、真の武士として生き抜こうとする蓮三郎の姿に胸を打たれ、「故ありて」という曖昧な沙汰の理由が明らかにされる後半には、こみ上げてくる涙を我慢して読み進める自分がいた。

史実に「故ありて」埋まっている出来事を拾い集め、その人物に代わり、時代を越えて振り返る営みである歴史時代小説の醍醐味を味わえる一冊だった。

ああ、本だけを読んで暮らしたい。

(本紙「新文化」2026年3月5日号掲載)

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