第3回 アメリカ他:ラップ・ヒップホップを教育に活用、歌詞を通じて文学・創作に導く

音楽ストリーミングサービスSpotifyでは、全再生回数の約4分の1をラップ/ヒップホップが占め、多くの国の音楽市場で同ジャンルが最大シェアになっている。日本ではそれと比べるとシェアは小さいが、しかし、年々存在感は増している。

もともとアメリカのラップのリリック(歌詞)では、小節の最後で韻を踏むパターン(ライムスキーム)の構成の巧みさが技術的に重視されてきた。こうしたライムスキームは、伝統的な詩や戯曲でも用いられてきたものである。

ヒップホップを教育(学)に採り入れたヒップホップ・ペダゴジーという研究・実践方法がある。そのなかではラップのリリックの分析を通じて比喩や象徴といった文学的技法を学び、シェイクスピア作品などと現代のヒップホップのリリックを比較することが行われている。また、ビートを選んで自らリリックを書くという創作活動プログラムもある。

こうしたラップ、ヒップホップを言語教育や国語、読書推進に採り入れた動きは、北米に限らずヨーロッパ、ラテンアメリカ、アジアでも行われている。日本でも、公共文化施設「みんなの森 ぎふメディアコスモス」で、ラッパーの裂固が10代向けにワークショップを実施したことがある。

ラップを軸にして、文学や文化史、創作へと接続する試みは非常に重要だ。ヒップホップのライブ映像を見てもらえばすぐわかるが、そこに集まるオーディエンスは、文字に換算すると非常に字数が多い詞の楽曲を何十曲もいっしょに歌っている。つまり詞を暗記しているということだ。

一方、われわれがそらんじられる古典的な詩歌、あるいは近現代詩はというと、果たしていくつあるだろうか。俳句や短歌をいくつか挙げられればいいほうなのではないか。それに対して、ラップのリリックを何十曲、何百曲と口にできるというのはすごいことだ。そしてその覚えやすさは、作詞のテクニックと無縁ではない。

しかし、ヘッズ(ヒップホップファン)は必ずしも読書家ではない。むしろ本はほとんど読まないという人も少なくない。けれど彼らは、ことばを求めていないわけではなく、ヒップホップをダンスミュージックとして楽しむのみならず、リリックから強いメッセージを受け取り、自分の人生に引きつけて深く消化している。

ラップミュージックのリスナーは、従来の本のかたちでは、自分自身にしっくりくることばと出会えなかっただけなのかもしれない。であれば今後、ヒップホップ・ペダゴジーを通じて詩や小説、ノンフィクションに出会う道が開けていく可能性もあるだろう。

あるいは彼らは、文字を読むことよりも、耳で聴く方がぴったりくるタイプの人間なのかもしれない。ならばオーディオブックのかたちなら、一気に本の世界へ入れるかもしれない。

仮にそれらの人々が結果的に本を読んだり買ったりするようにならなくても、ヒップホップ・ペタゴジーのプログラムを通じて、韻律を使った言語芸術の奥深さや文学史・文化史の一端を知り、ヒップホップが生まれた背景、歴史を知ることで社会問題や政治に対する意識が変わったなら、それだけでも意義があるといえるだろう。

そうした厖大な知見を積み重ねてきた出版文化が、本を読まない人たちに対しても一定の役割を果たしたことの証明になるのだから。

(本紙「新文化」2025年10月23日号掲載)