第5回 太宰治と嵐

 太宰治の「人間失格」は版権が切れているため、複数のバージョンが存在するが、基本的に内容はどれも同じだ。しかし嵐の新作CDは、同じ会社が同じ日に同じタイトルで、初回限定盤の1と2、そして通常盤をリリースするのである。どれも同じなわけはないのだろう。
 CDを売ることに不慣れな私は、発売直後のレジで戦々恐々としていた。深いこだわりで選び抜いたバージョンを、決して渡し間違えてはならない。なにしろ入荷するCDはすべて予約で埋まっており、間違えたら大トラブル確定なのだ。しかし蓋を開けてみれば、1と2の両方、または全バージョンを購入する人が多く、取り違える心配などなかった。
 このことから、1と2があればどちらかを選ぶのではなく、当然両方欲しい、と思うコアなファンに向けて、限定盤が発売されていたことがわかる。「人間失格」が複数バージョン存在するのとは、意味が違うのだ。
 本はCDと違って、敷居を下げ、間口を広げる販促を考えてきた。それを続けるのも大事なことだが、コアな読者が狂喜乱舞するツボをギュッと 刺激できたら、また別の未来が拓けるのかもしれない。そんなことを、嵐のCDばかり販売する書店員は夢想しています。

(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)

(2019年7月18日更新  / 本紙「新文化」2019年7月11日号掲載)