今回はあまり知られていない、日本語学習者における和書の需要についてお知らせしたい。留学を目指す人にとって、日本語学習は渡航の日から始まるのではなく、そのずっと前、遠い国の机の上でひらがなをなぞる時間から、もう静かに始まっているのだと思う。
日本留学の入口の目安のひとつとして置かれてきたのが、日本語学習150時間という学習歴だった。長すぎず短すぎず、努力の量としては現実味のある数字である。けれど、同じ150時間でも、出合う言葉の重さや、身につく力は人によって少しずつ違っているだろう。だからこそ、今春、出入国在留管理庁によって、学習時間だけで日本語力を立証する留学ビザ取得制度の運用が見直されたのは、自然な流れだと思う。
だが本当に大切なのは、150時間を条件として数えることではなく、その時間をどんな中身で満たすかではないだろうか。文法を覚え、試験に備えることはもちろん必要である。しかし、それだけでは言葉は少し窮屈になる。
そこで和書である。教科書には載りきらない暮らしの手ざわりや、言葉のやわらかさ、季節の気配が、本のなかにはたしかにある。やさしいエッセイや児童書、写真の多い実用書に早い段階から触れられれば、日本語は試験のための知識ではなく、関心に導かれて近づいていく言葉になる。また、読む喜びは学習を支える力にもなる。
和書の力は大きいものである。和書は学ぶ理由を外から与えるのではなく、自分の内側から育ててくれる。そうした出合いが増えることを願う。
(本紙「新文化」2026年6月4日号掲載)

