第21回 私がいてもいなくても

 10日間、書店の仕事を休んだ。この10年、風邪を引かず怪我もなく、これほど長く連休を取ったのは初めてである。
 毎日のように新刊が入荷するし、たとえ納品がない日でも、営業していれば必ず本は動く。自分が長く不在にすれば、担当する棚が不本意な状態のまま、放置されることもあるだろう。
 かつて、休みの日でも、必ず店に電話をかけてくる上司がいた。家族と出掛けても、リアルタイムデータから目が離せない。仕事に夢中になればなるほど、休むことができなくなっていく。
 レティシア・コロンバニの小説『三つ編み』(早川書房)には、重い病気を隠して仕事を続けようとする、シングルマザーのサラが登場する。
 私は彼女を、他人とは思えなかった。長く休んだら、築き上げたものが台無しになるような不安に駆られるのだ。
 だが、店のことを全く考える余裕がない10日間が過ぎ、久しぶりに出勤すると、売場は何も変わっていなかった。むしろ仲間の手が加えられて、以前より輝いて見える。自分がいてもいなくても店は回るのだ。そのことに拗ねるのではなく、こんなにも誇らしい気持ちになるとは思わなかった。
 この調子で働けば、あと50年は健康的に書店員を続けられそうである。

(新井見枝香/HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)

(本紙「新文化」2020年3月12日号掲載)