第48回 慣れない靴を履いて

新しい靴が届いた。

私は定期的に古本屋さんへ持っていくことにしている。本棚どころか、もはや床にまで浸食して久しいのだけれど、そんな状態でもある日突然、「あ、古本屋さん行こう」と思い立つ瞬間が来る。

ヒールの太さも高さも革の色も、ショッピングサイトの画面上で見て想像していた通りで安心した。

ちゃんと履き心地を確かめてから購入した方がベターなのは重々承知の上で、それでも店頭での試着にまつわるあれこれを考えると面倒で困る。

さっそく今日1日新しい靴で歩き回ってみて、案の定というかなんというか足が痛い。サイズもヒールの安定感も申し分ないけれど、足の甲に当たる部分の革が若干固め。でも経験上、これぐらいなら履いているうちに伸びて馴染んでくるだろうということも分かる。しばらくは少しだけ窮屈な歩き方になってしまうだろうけれど仕方ない。

唐突に新しい靴の話から始めたのは、こんなふうに自分の身の丈に少しだけ合わないものとうまく付き合いながら馴染ませていく過程が、本との関係にもあるような気がしたからだ。

本を購入したシチュエーションがネットなのか書店の店頭なのかによって、身の丈に合わない本との出会いが偶然か敢えてかという違いはありそうだけれど、私自身はネットで新刊書籍はほとんど買わないので、そういう時は大抵敢えて選んだ時だ。

普段、本の情報はSNSを通して得ることが多い。気になった本はすぐメモを取って店頭で実物を確認するところまでがいつもの流れ。実際に手にしてみて今の自分にはちょっと難しいかもと感じても、それがその本を買わない理由になることはあまりない。その本が良い本か否かの基準に自分が読みこなせるかどうかは関係ないからだ。

さっそく読む。難しいと感じても、とりあえず読み進めてみる。目次を見て興味をそそられた部分から始めるのでもいい。長編の小説のようなストーリーに集中しなくてはいけないものでなければ、基本的にどこからどれくらい読んでもいいと思っている。

慣れない靴を履き続けていれば少しずつ馴染んでいくように、ちょっとずつ文体が体に馴染んできて、読めているという感覚が得られると嬉しいものだ。全体を通して読んだ時にだけ得られる興奮もきっとあるだろうけれど、たとえ断片的な読書であっても一行、また一行とそれまで出会ったことのない感情や視点を与えてくれる。そうして試行錯誤しながらでも読み続けていると、少しずつ手に馴染んでくるものだ。

ところで最近、手にする何もかもが値上がりしていてとても辛い。最低賃金で働いていた書店員時代も、推しができて遠征費がかさむようになっても本を買い続けることはやめられずにきたけれど、食費や光熱費となると考え直さざるを得ないかもしれない。

ちょっと背伸びしていつもとは違う本を買う、なんてことも贅沢な経験になってしまうのかもしれない。失敗するかもしれない。それでも、冒険できる余裕がある方が読書もおしゃれも楽しい。

(ライター・書評家)

(本紙「新文化」2023年3月9日号掲載)