第20回 伝えたいから生まれる言葉

アイルランドに住む6歳の姪の作文がLINEで送られてきた。お題の「すきなおべんとうは」に続く形で書いてあるのだが、お腹が痛くなるほど笑ったあと、ちょっと感心してしまった。

「すきなおべんとうはきめれません。でもあるかもしれないけど、わからないです。でもやっぱりわからない。まってあるかもしれない。すきなおべんとうは、たまごやき、なっとうごはんととまと、ときゅうり。」(原文ママ)

そんなこと聞かれても、今、お弁当のことを考えるような気分じゃないんだよなあ、というような姪の顔が目に浮かぶ。でも、これって答えなきゃいけないんだっけ。じゃあ考えてみようか。でもないものはないんだよなあ。そんな葛藤が辿れるようだ。問いに対してなんとか答えようとする真摯さ。最後に、あっ、きゅうりも好きだった!と思いついたかのような楽しげな句点。6歳なりの語彙力で必死に伝えようとする意欲がとてもいいなと思ったのである。

この感じ、最近どこかで味わったぞ。そうだ、6月に創刊されたハヤカワ新書の『馴染み知らずの物語』(早川書房、滝沢カレン著)だ。ウェブスターの「あしながおじさん」、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』などの名作のタイトルから感じ取ったものだけで、まったく新しいお話に仕立て上げている。

滝沢さんといえば、その独特な言語感覚が注目されているけれど、私もその不思議なセンスに魅了されている一人だ。発売後、さっそく購入。……わからない。内容が頭に入らない。どうしよう、これ難解だ。ここで逃げてしまっても良いのだけれど、何故か私を捉えて離さない言葉。滝沢さんが投げた言葉を捕まえてみる。この言葉で何が言いたいのか想像しながら読むから脳みそはクタクタだ。……「まってありかもしれない」。気づいたら一冊読み終えていた。本のなかで滝沢さんは物語を伝えるため、一生懸命しゃべっていた。姪の作文と重なる。伝えたいと願って発した言葉は胸に強く届く。躍動感ある生きている言葉だからだと思う。滝沢カレンという個性があるからこそ成り立つ企画だとは思うが、今までにない読書体験だった。

先日甥姪と一緒に帰国した妹に、お弁当に納豆を入れてるのかを聞いてみる。「ああ、あれはあったらいいなのお弁当だから」。よかった! 最近ドラマの影響でHey! Say! JUMPの山田涼介くんにハマっている姪はアイドル志望。今すぐは無理だから、まずはかっこいい人にお姫様抱っこされる子役になりたいんだそう。現実的? な6歳から、この夏も目が離せない。

(本紙「新文化」2023年8月3日号掲載)

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