-
連載記事
第17回 記憶の触りかた
鳴き始めた蝉の声にまだ耳が戸惑っている。絶えず聞こえている耳慣れないこの音が蝉の声だと認識するまで、ほんの少しのタイムラグが発生するのだ。「夏」「音」「みーんみーん」。これまでの夏の思い出が集まった記憶のデータベース […] -
連載記事
第30回 温泉と読書
7月の中旬は、福井県の芦原温泉に滞在していた。温泉街にあるストリップ劇場で踊るためだ。寝泊まりしていた劇場の2階からは、通りを挟んだ「芦湯」の屋根が見えた。朝7時から解放されている足湯の施設で、誰でも無料で利用できる。 […] -
連載記事
第29回 頼まれなくてもやってしまう
いちばん最初は、売場に飾るPOPだった。そのうち店頭でお客様から尋ねられるようになり、ラジオやテレビでも同じようなことをしてきた。本のセールストークだ。書店員という立場上、真っ先に考えるべきは勤め先の利益であり、店の外 […] -
連載記事
第16回 小さきひとへ
自分が覚えている、一番古い記憶。中型くらいの白い犬が地面に倒れている。四肢を投げ出し、ピクリとも動く気配がない。私はそれを、母に抱かれた状態で見下ろしている。 犬の目は開かれているけれど、だからといって生きている […] -
連載記事
第28回 人に話を聞いてもらうということ
この原稿を書く、数時間前の話である。朝の満員電車は日常に戻りつつあるが、近隣の映画館や劇場が再開しないことには、平日午後の客足が伸びない。そんななか、久しぶりにメンバーが揃ったこともあり、ミーティングを行うことになった […] -
連載記事
第27回 レジ袋有料化
いよいよコンビニエンスストアも、今年の7月1日からレジ袋が有料化される。スーパーと違い、急な利用が多いことや、店員が袋詰めするイメージから、有料化は難しいだろうと思っていた。 だが、店頭の告知ポスターを見て、いよいよ […] -
連載記事
第15回 春服と換毛期
4月に自粛が呼びかけられ始めてから、自宅と職場をたまに往復する以外、友人知人に会う機会もなく過ごしていた。突然に訪れた、人生の延長戦のような自由な時間に幾分戸惑いながら、ここぞとばかりに本を読んでいた。そしてそのうち、 […] -
連載記事
第26回 喉元過ぎても考える
今年の5月5日は、気持ちのいい晴天だった。昼飯用の総菜を求めに商店街へ行くと、「和菓子屋に50人くらい行列しているらしいよ」と噂する声が耳に入り、ギョッとした。 近所の人は、毎年その老舗で柏餅を買うのが恒例なのだろう […] -
連載記事
第14回 我が家のお犬さま事情
たくさんの知らない人間と知らない犬に囲まれて、我が家の愛犬ムック(雄のトイプードル、13歳)は、かわいそうなほどブルブル震えていた。 私の帰省と月に一度のトリミングの予定がたまたま重なったこの日、ムックに付き添って […] -
連載記事
第25回 熱い気持ちを浴びに行く
鶴谷香央理さんのコミック『メタモルフォーゼの縁側』(KADOKAWA)の最新刊4巻を読んだ。75歳の市野井さんと女子高生のうららさんが、好きなBLコミックを通して交流を深めていく物語だ。 すると何だか、オカヤイヅミさ […] -
連載記事
第24回 待ち遠しい日
新型コロナウイルスの影響で、勤め先の書店がしばらく休みになる前日、私は大量の本を買い込んだ。売場で気になっていたコミックや、分厚い小説の単行本、ちょっとマニアックな料理書に、最近気になるヨガや台湾の特集をした雑誌など、 […] -
連載記事
第13回 生意気で薄情で無敵で幸福
SNSのタイムライン上に「カミュの『ペスト』(新潮文庫)ひとり1冊まで」という文言が流れてきて思わずスクロールの手を止めた。 見ると都内の大型書店のようだった。トイレットペーパーじゃあるまいし、と興味を失いかけてふと […] -
連載記事
第23回 それもタイミング
SNSでの告知や宣伝は、タイミングが大事だ。草木も眠る丑三つ時より、テレビで言う「ゴールデンタイム」を狙ったほうが、基本的には人の目につきやすく、広く共有されやすい。 それは新刊の発売も同じで、世の中が不安定で暗く落 […] -
連載記事
第22回 今すぐここで買いたい!
3月の後半は書店を休み、上野のストリップ劇場で踊り子として働いていた。そこの社長さんから、本を持ってきたら受付で売るよ、と声をかけてもらったとき、私は「気を使わせてしまったな」と思った。挨拶代わりに、自著をお渡ししてい […] -
連載記事
第12回 窓から入っていいよ
田舎の民家は鍵をかけない。少なくとも私の育った地域はそうだった。不用心と言われればその通りだけれど、泥棒に入られたという話は聞いたことがなくて、その代わり、毎日のように野良猫に入られていた。 両手を使って器用に引き戸 […] -
連載記事
第21回 私がいてもいなくても
10日間、書店の仕事を休んだ。この10年、風邪を引かず怪我もなく、これほど長く連休を取ったのは初めてである。 毎日のように新刊が入荷するし、たとえ納品がない日でも、営業していれば必ず本は動く。自分が長く不在にすれば、 […]