第53回 桜の下、ほどける境界

桜の蕾がほころび始めた頃、鈴鹿にいた。夫の趣味であるF1の日本グランプリ同行参戦も、これで4度目。熱い熱い3日間! 推しはフェラーリのルクレール(わかりやすいイケメン。F1界の貴公子!)。F1といえばセナとシューマッハで止まっていた私だが、真っ赤なチームウェアをまとい鈴鹿のゲートをくぐると、ディズニーランドと同じくらい興奮するまでに成長した。

最高時速300km超のマシンで世界王座を争うF1。今年はキャデラック参入で11チーム・22人が頂点に挑む。そう、世界中でF1レーサーはわずか22人しかいない。昨年までそのなかに日本人ドライバー、角田裕毅がいた。本当にすごいことだ。今年は、リザーブドライバーになってしまったけれど、角田選手の復帰を願っている人たちが、今年もたくさん鈴鹿に詰めかけていた。こうやって世界で頑張る人たちを応援したいと思うのはみんな同じ。色々な国の人が自国の選手や推しのチームを応援しにきていた。開催3日間の総動員数は31万5000人。イベント前日にも2万5000人が来場したという。

私の後ろの席のアルゼンチン人はとっても賑やかだった。大きな国旗を振って自国選手を応援。優勝はメルセデス所属のイタリア人の選手だったけど、なぜかイタリア国歌を上手に歌っていてびっくりした。ちなみに私の推しのルクレールは3位入賞。会場が一体となって、大きなエンジン音に飲み込まれそうになる。溢れんばかりの人と熱気。国とか人種とか全部が境界を失い、マシンが無事に完走することを、ただ祈る。大勢と感情を重ねひとつの鼓動となって、レースの熱狂を、声の限りに解き放つ。そこいる人たちみんなが溶け合うような瞬間。なんて幸せなんだろう。

今年6月に発売される『ぼくたちは、あらそうために生きるのか?』(偕成社、山極寿一文/あべ弘士絵)のゲラを読ませてもらったときの感覚が胸をよぎる。人は約700万年のあいだ、「わかりあいたい」という気持ちを育てながら生きてきた。白目をもったのも、そこに表れる互いの感情を読み取るため。絵本に込められた、人の本能である共感の力が世の中に平和をもたらすというメッセージがぐっと心に響いた。

情勢悪化を受けて、日本グランプリ後の中東2連戦は中止が決まった。爆音のなか感じた一体感と熱は、まだ消えない。自分も他人も溶け合うように共鳴できる世界であってほしい。決勝の日には満開になった桜の下、そう願った。

(本紙「新文化」2026年4月30日号掲載)

著者プロフィールはこちら