本屋がなくなることは、単に本を買う店が減るという話ではない。街から、本と人が偶然に出合う入口がひとつ消えるということだ。背表紙を眺め、雑誌の表紙に季節を感じ、知らなかった言葉や物語にふと触れる。そうした小さな出合いの積み重ねが、読者を育て、関心を育て、やがて創作の土壌をつくっていく。
島根・大田市は書店ゼロ自治体となった後、支援制度を設けて今井書店を誘致した。市内で既存書店が営業する茨城・常陸太田市も、新たに大型書店を核とする官民複合施設を設けた。形は違っても、どちらも本屋を単なる商業施設ではなく、地域に必要な基盤として捉えている。
だが本屋の役割は、地域の学びや交流を支えることにとどまらない。マンガやアニメ、出版といった日本のコンテンツ産業は、雑誌や単行本が売れ、読者が育ち、作家や編集者が挑戦できる環境の上に成り立っている。その最初の接点のひとつが、街の本屋である。地方の小さな書店もまた、コンテンツ産業の裾野を支える現場なのだ。
であるならば、地方の書店が海外展開にも関われるインフラをつくれないものだろうか。
地域書店が翻訳候補作品の発掘、訪日客への発信、地域発コンテンツの紹介の場となり、売場のデータや読者の反応が出版社や海外展開につながる仕組みがあれば、本屋は文化の拠点であるだけでなく、世界へ物語を送り出す港にもなれるはずだ。
地方から世界へ届く回路の構築は、書店への還元にも力を発揮すると思うのだが。
(本紙「新文化」2026年7月2日号掲載)

